節約の話をすると、たいてい「まず無駄遣いをやめましょう」から始まります。

コンビニに寄らない。電気をこまめに消す。飲み物は持っていく。

やったことがある人なら分かると思いますが、これは続きません。そして続かなかったとき、たいていの人は自分を責めます。自分は意志が弱い、だらしない、と。

この連載は、そこから始めません。

続かないのは、あなたのせいではなく、削る場所を間違えているからです。

この第1章で言いたいことは1つだけです。我慢の量を増やすのではなく、判断の回数を減らす。そのために、変動費ではなく固定費から手をつける。


湯が出ない部屋に住んでいた

高校を出て働き始めた頃、築70年の部屋に住んでいました。

風呂なし。トイレは共同。エアコンなし。そしてガスの契約もありませんでした。

ガスがないというのは、想像より効きます。風呂がないことより、湯が出ないことと料理ができないことが同時に来るほうがきつい。体を洗うのも、何か温かいものを作るのも、全部そこで止まります。

一番きつかったのは冬でした。暖房がないので、部屋の温度は外とほとんど同じになります。譲ってもらったこたつが1つあって、それで冬を越しました。

そのあと、風呂とエアコンのある部屋に移りました。

あのときの感動は、本物でした。

蛇口をひねると湯が出る。スイッチを押すと部屋が暖かくなる。それだけのことが、しばらく毎日うれしかった。

ただ、その感動は消えました。半年もしないうちに、湯が出ることも部屋が暖かいことも、何とも思わなくなりました。

ここで分かったことが2つあります。この連載全体の土台になる2つです。

1つめ。人が感動するのは金額ではなく「前との差」で、差は必ず慣れて消える。

2つめ。固定費は数字ではなく、生活の質そのものだ。

毎月出ていく額を見ているとただの数字に見えますが、その数字の正体は「湯が出るかどうか」「冬に凍えないかどうか」です。だから固定費を削る話は、家計簿の話ではなく、暮らしをどう組むかの話になります。


変動費を削る努力が報われない理由

では、なぜコンビニをやめるのが続かないのか。

意志の問題ではありません。回数の問題です。

変動費というのは、毎月何百回も判断が要る支出です。今日はコンビニに寄るか寄らないか。この飲み物を買うか買わないか。電気を消すか消さないか。

一回一回は小さい判断です。でも判断は、するたびに人を消耗させます。朝は我慢できても、疲れて帰ってきた夜には勝てない。そして一度崩れると、そのまま元に戻ります。

固定費は違います。

判断が一度きりです。一度決めたら、あとは何もしなくても毎月効き続ける。来月のあなたも、疲れている日のあなたも、一切関与しなくていい。

同じ額を減らすなら、判断の回数が少ないほうから削る。これが順番の話の正体です。


意志で戦うと、必ず負ける

ここは、自分が当事者なので、はっきり書きます。

私はADHDです。家計の管理は、ずっと苦手でした。

苦手だった頃にやっていたのは、毎月がんばって節約することでした。今月こそ、と決めて、2週間ほど持って、崩れる。その繰り返しです。

効いたのは、がんばり方を変えたことではありませんでした。

我慢の量を増やすのをやめて、判断の回数を減らしたことです。

毎月の節約には、毎月の判断が要ります。固定費の見直しには、最初の一度しか判断が要りません。

だから私は、自分を信用しない前提で組むようにしました。意志が強い日の自分を基準に設計すると、必ずどこかで負けます。意志が要らない場所から削れば、負けようがない。

これはADHDに限った話ではないと思います。忙しい人、疲れている人、余裕のない人。意志で戦わせる仕組みは、条件が悪い人から順に脱落させます。それは本人の問題ではなく、仕組みのほうの問題です。


収入を増やすより、固定費を削るほうが速い

もう1つ、順番を決めるうえで大事な話をします。

「支出を削るより、収入を増やせばいい」という考え方があります。方向としては正しいのですが、速さで見ると逆です。

収入を増やすと、増えた分に税金と社会保険料が乗ります。増えた額がまるごと手元に来るわけではありません。思ったより残らない、というのは多くの人が経験しているはずです。

一方で、固定費を削った分には、何も乗りません。減った額が、そのまま手元に残ります。

同じところを目指すなら、削るほうが先に着きます。

これは「稼ぐな」という話ではありません。順番の話です。稼ぐのは時間がかかるので、先に効く手を打っておく。それだけです。


第1章の宿題:紙に全部書き出す

最後に、この連載でたった1つだけお願いしたいことを書きます。

紙に、毎月出ていくものを全部書き出してください。

通信。サブスク。保険。車。家賃。その他。

家計簿アプリではなく、紙に手で書いてください。理由があります。

書いている途中で、必ず「これ何だっけ」が出てきます。

名前は見覚えがあるけれど何に使っているか思い出せないもの。昔申し込んだきり確認していないもの。とりあえず入っておこうと思ったまま忘れているもの。

その「何だっけ」が、あなたが最初に削るものです。

探す必要はありません。書き出せば向こうから出てきます。そして「何だっけ」に該当するものは、削っても生活が何も変わりません。痛みがゼロで、成功体験だけが残ります。

最初の一手は、そこからでいいと思います。


第1章のまとめ

  • 感動するのは金額ではなく「前との差」。差は必ず慣れて消える
  • 固定費は数字ではなく生活の質そのもの
  • 変動費が続かないのは意志ではなく判断の回数が多いから
  • 固定費は判断が一度きりで、あとは放っておいても効き続ける
  • 収入を増やすと税と社会保険が乗る。削った分はまるごと残る
  • 宿題=紙に全部書き出す。出てきた「これ何だっけ」が最初に削るもの

第2章では、削る順番を具体的に扱います。生活が変わらないものから順に、通信、サブスク、保険。そして削ってはいけない固定費の見分け方まで。

あの冬に分かったことでもあるのですが、削ると生活が壊れる固定費というのは、確かに存在します。暖房と、湯でした。

(つづく)

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