感情のブレーキが効かない。
ADHDの衝動性が子育てで爆発した夜の話。
あの夜、俺は息子に怒鳴った。
普段は穏やかなつもりでいる。
でも、あの時は違った。
何が息子をそこまで怒らせたのか。
もう、よく覚えていない。
些細なことだったはずだ。
でも、俺の頭の中は、火薬庫みたいになっていた。
「なんで、そんなこともできないんだ!」
声が、裏返った。
自分でも驚くほどの、甲高い声。
息子の顔が、こわばった。
涙が、目に溜まる。
その瞬間、俺は息子の顔に、自分の父親の顔を見た。
俺の父親は、厳しかった。
いや、厳しかっただけじゃない。
感情的だった。
些細なことで、怒鳴り散らす。
俺が子供の頃、どれだけ怯えていたか。
どれだけ、父親の顔色を伺っていたか。
「お前は、本当にダメなやつだな!」
父親が、俺にそう言った言葉。
それが、俺の口から出ていた。
鏡を見ているようだった。
いや、鏡よりももっと、生々しい現実。
俺は、父親と同じことをしていた。
あの、俺が一番嫌だった、父親と同じことを。
ADHDの診断を受けたのは、数年前。
衝動性、不注意、多動性。
特性は、昔からあった。
でも、大人になって、なんとか折り合いをつけて生きてきたつもりだった。
仕事では、工夫次第でなんとかなった。
人間関係も、距離感でカバーした。
でも、子育ては、違った。
子供は、予測不能だ。
こちらの都合なんて、お構いなし。
そして、子供は、俺の「弱さ」を、一番よく知っている。
あの夜、俺の衝動性が、爆発した。
息子の言動に、カッとなった。
頭に血が上った。
考えるより先に、言葉が出た。
「うるさい!」
「黙れ!」
「いい加減にしろ!」
普段、どれだけ息子に優しくあろうとしていたか。
どれだけ、父親とは違う親になろうとしていたか。
全部、崩れ去った。
息子は、泣きじゃくった。
俺は、ただ立ち尽くしていた。
全身から、力が抜けていく。
「俺は、父親と同じだ…」
その言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
絶望感。
後悔。
でも、その時、ふと思った。
父親も、ADHDだったのかもしれない。
俺が、必死で隠してきた特性。
俺が、なんとかコントロールしようとしてきた衝動。
父親も、同じように苦しんでいたのかもしれない。
あの怒鳴り声は、父親の苦しみだったのかもしれない。
俺に向けられた言葉は、自分自身への苛立ちだったのかもしれない。
そう思うと、少しだけ、気持ちが楽になった。
父親を、憎む気持ちが薄れた。
でも、だからといって、俺のしたことが正当化されるわけじゃない。
息子を傷つけた事実は、変わらない。
翌朝。
息子は、まだ少し怯えた顔をしていた。
俺は、息子の顔を見た。
そして、素直に謝った。
「昨日は、ごめんね。」
「お父さん、カッとなっちゃった。」
「君に、あんな言い方するつもりじゃなかった。」
息子は、何も言わなかった。
ただ、俺の顔をじっと見ていた。
その目には、もう、怯えはなかった。
少し、安堵したような、そんな表情。
「大丈夫だよ。」
息子が、小さな声で言った。
その言葉に、俺は、涙が出そうになった。
ADHDの特性は、消えない。
衝動性が、なくなるわけでもない。
でも、気づくことはできる。
自分が、どうなってしまうのか。
どうなってしまう可能性があるのか。
そして、その「可能性」を、どうにか食い止める方法を、探していく。
父親と同じ道を、辿る必要はない。
俺は、俺のやり方で、息子と向き合っていく。
怒鳴ってしまった夜。
それは、俺にとって、大きな気づきだった。
自分が、父親と同じだと気づいた夜。
そして、それから逃げずに、向き合おうと決めた夜。
子育ては、難しい。
特に、ADHDの特性があると、なおさらだ。
でも、完璧な親なんて、いない。
大切なのは、間違いに気づき、
それを認め、
そして、息子と一緒に、
成長していくこと。
あの夜を、忘れない。
そして、あの夜の気づきを、胸に。
これからも、息子と。
そして、自分自身と、向き合っていく。
