俺は今、本業の広告代理店マーケターと副業の営業支援・マーケティング代行で、会社員兼複業として年収800万を稼いでる。朝は4時起き、酒もやめた。嫁と子供、家族もいる。

でも、数年前まで、俺はマジでクソみたいな人間だった。高卒、ADHD持ち、営業はポンコツで2社クビ。月の売上はゼロ。借金100万を抱え、毎日が不安で仕方なかった。

当時の俺は毎日、「こんなポンコツな俺でも、本当に変われるのか?」って自問自答してたし、お前も今、同じような不安を抱えてるかもしれない。

  • 商品の価値を信じられず、売るのが苦痛だろ?
  • 数字が上がらず、毎日が不安で仕方ないだろ?
  • ADHDで集中できず、すぐにサボってしまうだろ?
  • 仕事への情熱が見つからず、このままでいいのかと悩むだろ?

結論から言うと、俺は変われた。そしてお前も、必ず変われる。

俺がどうやって、営業でクビ寸前だったポンコツ野郎から、会社員兼複業で年収800万稼ぐマーケターになれたのか。その泥臭い道のりと、具体的な方法を全部ぶっちゃける。

高卒・ADHDの俺が営業2社クビになった「クソすぎる理由」

「微妙なSaaS」売れずに胃がキリキリ。月���標10件中、契約ゼロの地獄

俺は高卒で社会に出て、最初の2社をクビになった。理由はシンプル。営業が壊滅的にできなかったからだ。

とあるSaaS系の会社で営業してた時、売ってたのは「正直これ、微妙じゃね?」って感じるシステムだった。顧客の課題解決になるか?って聞かれても、心の底から「なります!」とは言えなかった。

「こんなポンコツ商品、売れるわけねーだろ」

毎日そう思いながら、電話をかけ、商談に向かってた。当然、数字は上がらない。月の目標10件に対して、取れる契約はせいぜい1件か2件。ひどい月はゼロだった。上司には毎日「お前、今月もゼロか? 何やってんだ」って詰められてたな。

月末は胃がキリキリして、上司からの詰めが怖くて、会社に行くのが本当に嫌だった。朝、会社に着く前に駅の��イレで吐いたことも一度や二度じゃない。あの頃は本当に地獄だった。

ADHD「集中力ゴミ」が営業を殺した。追客リストは散らかり放題、昼でサボり散らかしてた話

今思えば、俺がADHD持ちだったことも、営業での失敗に拍車をかけた。診断されたのはだいぶ後だけど、当時の症状を振り返ると、まさにそれだった。

  • 集中力の波: テレアポしてる最中に別のことを考え始めたり、商談中に相手の話を聞き逃したり。重要な情報が頭に入ってこないから、会話がチグハグになる。特にヒアリングでは、相手が話してるのに頭の中で今日の晩飯を考えてた。「あれ、今何て言ったっけ?」って、何度も聞き返して顧客をイラつかせてたと思う。

  • タスク管理の難しさ: 追客リストは常に散らかってるし、ToDoリストは���るだけ作って放置。優先順位なんてあったもんじゃない。顧客からの折り返し電話も、よく忘れてた。大事な資料の送付期限も過ぎてしまい、クレームになったことも数知れず。俺のデスクの上は常に書類の山で、どこに何があるか把握できてなかった。

  • すぐにサボってしまう傾向: ノルマ未達が続くと、もうどうでもよくなって、サボりの言い訳ばかり考えてた。「今日はもう無理」って、昼過ぎには諦めて喫煙所に逃げ込んだり、ネットサーフィンしたり。結局、終業間際に焦ってテレアポを数件かけるだけ。あの頃は、タバコ代と缶コーヒー代だけで月1万は余裕で使ってたな。

当時の俺は、自分の弱みと真剣に向き合うことから逃げてた。だから、「商品が悪い」「会社が悪い」「時代が悪い」と周りのせいにして、結果的に2社クビになったんだ。自己肯定感なんて地の��だった。

クビ寸前を救った「鬼上司」との出会い。数字で追い詰められ、泥水を啜った日々

「お前、昨日テレアポ何件やったんだ? 俺は100件だ」鬼上司の言葉で人生変わった

そんなクソみたいな営業人生に転機が訪れたのは、3社目の会社だった。そこは、飛び込み営業とテレアポがメインのゴリゴリの営業会社。そして、俺には「鬼」と呼ぶべき上司がついた。

その上司は、俺の言い訳や「やる気がない」態度を一切許さなかった。ただ、感情的に怒るんじゃなく、徹底的に「数字」で俺を追い詰めた。

  • 「お前、昨日テレアポ何件やったんだ? 俺は100件やったぞ。お前は?」

  • 「ロープレの回数が足りねえ。今日中に20回やってこい。完璧じゃなくていい。数をこなせ」

  • 「追客の状況、全部数値化しろ。アポイントからの受注率、全部出せ。何が良くて何が悪いか、数字で説明しろ」

最初は反発した。「こんな上司の下でやってられるか」って何度も思った。マジで辞めてやろうかと真剣に悩んだ。でも、この上司の言う通りに、毎日100件のテレアポ、毎日2時間のロープレ、全ての行動を数値化してPDCAを回すようになったら、驚くほど変化が起きたんだ。

「質より量」「基本動作の徹底」で月5件!ポンコツ営業マンの泥臭い逆転劇

それまで月の売上がほぼゼロだった俺が、半年後には月2件、1年後には月5件の契約を取れるようになった。もちろん、トップ営業マンには遠く及ばない数字だけど、俺にとっては奇跡だった。

鬼上司から学んだのは、「質より��」と「基本動作の徹底」だ。

当時の俺は、自分のセンスがないとか、喋りが下手だとか、質ばかり気にしてた。でも、上司は言った。「お前みたいなポンコツは、まず量をこなして泥水すすれ。テレアポ1000件やれば、10件くらいはアポ取れるだろ。そこから改善すればいい。」

そして、ロープレの反復練習。完璧なトークスクリプトなんてない。でも、毎日2時間、合計で数百回と繰り返すことで、自然と自分の言葉になって、自信を持って話せるようになった。最初は棒読みだったスクリプトも、顧客の反応を見ながらアドリブを入れられるまでになったんだ。

この経験で、俺は「数字」に強烈に執着するようになった。そして、「正しいやり方で、圧倒的な量をこなせば、誰でも結果は出せる」と確信したんだ。ADHDの衝動性や飽きっぽさも、この「量」をこなすことで、ある程度はカバー���きると分かった。とにかく手を動かし続けることで、余計なことを考える隙を与えない。これが俺なりのADHDとの付き合い方を見つける第一歩だった。

営業経験が「マーケター転身」に活きた!点と点が繋がった“コネクティングドッツ”の衝撃

「もっと効率的に価値を届けたい」顧客のリアルな声が俺をマーケティングへ駆り立てた

営業で少しずつ結果を出せるようになった頃、俺は新たな疑問を抱いた。

「なんで俺は、こんなに泥臭い営業しなきゃいけないんだ? もっと効率的に、もっとたくさんの人に価値を届けられないのか?」

そこで興味を持ったのが、マーケティングだった。

俺は営業時代に、顧客のリアルな声、痛みを嫌というほど聞いてきた。「こんな商品が欲しい」「このサービス、ここが不満だ」という生の声は、マーケティング戦略を立てる上で、何よりも強力な武器になる。例えば、中小企業の社長が「従業員の離職率が高くて困ってる」と嘆いてたのを聞けば、人材系のSaaSならどう響くか、どんな言葉でアプローチすべきか、具体的にイメージできた。

「この顧客の悩みは、こういうニーズに繋がる。じゃあ、こんな情報を提供して、こんな商品を見せれば、もっとスムーズに購買に繋がるんじゃないか?」

この問いが、俺をマーケティングの世界へ駆り立てたんだ。

営業で培った「顧客理解」「数字への執着」がマーケターとして大爆発した話

営業で培った「顧客理解の深さ」「数字への執着」「社内外との調整力」が、マーケターとしてのキャリアチェンジで想像以上に活きたんだ。

  • 顧客理解の深さ: 営業で��客の生の声を聞き、痛点を肌で感じていたから、データだけでは見えないニーズの本質を理解できた。ペルソナ設計やカスタマージャーニーマップ作成時に、具体的な顧客像が頭に浮かび、「この人はここで迷うだろう」「この言葉が響くだろう」と具体的に想像できた。例えば、あるターゲット層が「費用対効果」を最も重視すると分かっていれば、広告クリエイティブでは「〇〇円で△△%改善!」と具体的な数字をドンと出す、といった具合だ。

  • 数字への執着: 鬼上司に叩き込まれた数字への意識は、KPI管理やPDCAを回す上で不可欠だった。広告運用でCPA(顧客獲得単価)を10%改善するとか、リード獲得数を月20%増やすとか、常に具体的な数字を追い続けた。目標設定も、根拠のない「頑張ります」ではなく、「過去実績から見て、この施策を打てば、CPAを500円下げられる見込みです」と具体的なアクションプランと数値目��で立てるようになった。毎日、広告の管理画面を食い入るように見て、少しでも費用対効果が悪いキャンペーンは即停止。無駄な予算は一円たりとも使いたくなかった。

  • コミュニケーション力: 社内外の調整や、企画のプレゼンテーションで、営業時代に培った説得力が役立った。他部署と連携して施策を進める時、相手の立場を理解し、Win-Winの関係を築くのが得意になった。特に、営業部門との連携では、彼らが現場で何を求めているか理解できるから、「このリードは質が高いですよ、こうやってアプローチすれば受注率が上がります」と、彼らが納得する形で情報を提供できた。結果、マーケと営業の連携がスムーズになり、全体の売上アップにも繋がったんだ。

あのクソみたいな営業時代があったからこそ、今の俺がいる。過去の全ての点が、線となって繋がった瞬間だ���た。

会社員&複業で年収800万を達成した「泥臭い」スキル習得術

酒と夜遊びをやめて「朝4時起き」!毎日2時間の学習で人生変わった

マーケターとしてのキャリアをスタートさせた俺は、とにかく必死でスキルを身につけた。本業で手を挙げまくって、どんなプロジェクトにも飛び込んだ。広告運用、SEO、SNSマーケティング、Webサイト改善…興味があるものは全て経験させてもらった。

そして、並行して副業も始めた。「時間がない」なんて言い訳はしたくなかった。ちょうど子供が生まれたこともあって、毎晩飲んでた酒をやめた。週末の夜遊びもやめた。嫁に「子供ができたから、もう夜遊びはやめる」って約束したんだ。それまで週3~4回は飲んでた酒を一切やめたことで、体調もマジで良くなったし、何より時間ができた。

そして、朝4時起き生活を���タートさせた。朝の2時間をスキルアップに充てた。この2時間が、本当に人生を変えた。

  • 最初の1時間: YouTubeでマーケティング系の動画を見まくる。具体的な運用手法やツールの使い方をインプット。例えば「Google広告の新しい入札戦略」「ChatGPTを使ったコンテンツ作成術」なんかを、倍速再生で頭に叩き込んだ。

  • 次の1時間: マーケティングの専門書やビジネス書を熟読。概念や戦略レベルの知識を深めた。「Webマーケティングの教科書」みたいな分厚い本も、朝なら集中して読み込めた。通勤電車の中では、音声学習アプリで耳からもインプットした。

この地味な努力を毎日、欠かさず続けた。インプットした知識は、本業で実践し、アウトプットした。例えば、YouTubeで学んだ広告運用のテクニックを���すぐに自社の広告に適用してみる。うまくいけば、それが実績になる。失敗しても、なぜ失敗したかを分析し、次に活かす。このサイクルを回しまくったんだ。

本業で手を挙げまくり、副業で低単価でも実績を積む「好循環」の作り方

本業で成果が出始めると、会社からの評価も上がり、裁量権も増えた。入社2年目には、リード獲得数を前年比150%に伸ばし、部長から直々に表彰されたこともあった。そして、その実績を引っ提げて、副業の営業支援やマーケティング代行の案件を獲得していった。

最初から高単価な案件が取れるわけじゃない。俺も最初は月3万円程度のブログ記事作成代行や、SNS運用代行といった低単価案件から始めた。それでも、実績を積むことを最優先した。クライアントの要望には120%で応えるつもりで、常に期待値を超える成果を出そうと泥臭く努力した。

実績が実績を呼び、クライアントからの信頼も厚くなっていった。口コミで次の案件が決まったり、「この前やってくれた〇〇の件、すごく良かったから、今度は△△もお願いしたい」と単価アップや追加案件に繋がっていったんだ。会社員として安定した収入を得ながら、複業でスキルと実績を積み重ねる。これが、俺が年収800万を達成した「会社員兼複業」の泥臭い好循環だ。

高卒でADHD、営業で2社クビになったポンコツな俺でも、泥水をすすり、正しい努力を続ければ変われた。お前も、きっと変われる。まずは一歩踏み出すことから始めればいい。

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