最初に結論から書いてしまうと、9,800円で買えるサブマリーナそっくりの時計を、スペックが良かったのに買わなかった。理由は値段でも品質でもなく、身につけたあとに起きることを想像したら割に合わなかったからだ。

前回(→01「1万円の時計を商談用に買った」)、商談用に1万1000円のカシオを選んだ話を書いた。実はその過程で、もう1つの1万円を真剣に検討していて、こっちのほうが判断としては難しかった。

高いものを「高いから買わない」のは誰でもできる。安いものを「安いのに買わない」のは、けっこう難しい。

スペックだけ見ると、こっちが上だった

フリマアプリに出ていたその時計の内容は、こうだ。

  • 有名ダイバーズウォッチにそっくりな見た目、ケース径38mm
  • 日本製のクォーツムーブメント(シチズン系の定番機)
  • 316Lステンレスのケース
  • サファイアクリスタル風防
  • ねじ込み式リューズ、逆回転防止ベゼル
  • 50m防水
  • 新品未使用、送料込み 9,800円

サファイア風防が1万円以下で載っているのは普通に立派だ。同じ価格帯の時計は、たいていもっと安いミネラルガラスを使う。項目だけ並べれば、俺が実際に買ったカシオより上に見えるところがいくつもある。

出品者も感じが良かった。商品名に自分から「オマージュ」と書いていて、本物だと言い張ってはいない。評価も多い。騙す気がある出品には見えなかった。

それでも買わなかった。

「それ何ですか」に答えがない

理由は1つで、着けているときに聞かれたら、答えがないからだ。

カシオなら「カシオです」で終わる。3秒で終わる。ところがこの時計には名前がない。文字盤にブランドのロゴが入っていないタイプなので、聞かれたときに言えるのは「ネットで買った安いやつです」しかない。

ここで大事なのは、その返事が嘘ではないのに、相手の頭に引っかかりを残すことだ。

目立たなければ情報を出していない、と俺はずっと思っていた。違った。無名の高級時計そっくりさんは「情報ゼロ」ではなく、「よくわからないもの」という情報を出している。「あれ何だったんだろう」が相手に1個残った時点で、ゼロじゃない。

同じ1万円で、片方は会話が終わり、片方は会話が始まってしまう。終わらせたいなら、名前がついているほうを選ぶしかない。

偽物とオマージュの境界線は「ロゴ1個」

この手の時計を語るとき、いちばん雑に扱われるのがここだ。似ているだけの時計と、偽物は違う。

線ははっきりしている。ブランド名やロゴが入っていれば偽物で、これは単純に商標権の侵害になる。入っていなければ、法律上はただのよく似たデザインの時計だ。オマージュと呼ばれるのはこっちで、実際に有名メーカーも他社に似た形の時計を出している。

だから今回検討したものは、偽物ではない。買っても違法ではないし、出品者を責める話でもない。

ただ、法律の線と、身につけたときに読まれ方の線は、同じ場所にない。

ロゴがなくても、明らかにあのモデルを狙った形をしていれば、見る人は「本物に寄せたかったんだな」と読む。悪意がなくても、そう読まれる余地が残る。信用で仕事をしているなら、その余地を1万円のために抱えるのは高い。

俺が結局その時計を外したのは、違法だからではなく、説明が必要になる持ち物を、説明したくない場所に持ち込むことになるからだった。

見落としがちな条件が2つあった

ついでに、値段以外の実務的なところも書いておく。フリマで時計を買うときに効く。

1つ目は防水。50m防水と書いてあるが、これは「日常生活強化防水」の域で、水泳や水仕事を想定した数字ではない。ダイバーズの見た目をしていても、中身がそこまで付いてくるとは限らない。ちなみに1万1000円のカシオのほうは200m防水で、こっちは普通に水に入れる。見た目が同じジャンルでも、中身は4倍違った。

2つ目は返品。出品欄に「ノークレーム・ノーリターン・ノーキャンセル」と書かれていた。個人出品では珍しくない書き方だし、プラットフォームの補償が別にあるとはいえ、届いてから「思っていたのと違う」で戻せない前提は計算に入れておいたほうがいい。新品未使用でも、自宅保管品であることは変わらない。

安さの内訳を見ていくと、だいたいこういうところに理由がある。安いには理由があって、その理由が自分にとって許容できるかどうかが判断のすべてで、値段そのものは判断材料ではない。

まとめ

  • 9,800円のサブマリーナそっくりは、スペックだけなら悪くなかった。サファイア風防、日本製ムーブ、新品
  • 買わなかったのは、「それ何ですか」に3秒で答えられないから
  • 目立たない=情報ゼロではない。無名は「よくわからないもの」という情報を出す
  • 偽物とオマージュの境界はロゴ1個。ただし法律の線と、読まれ方の線は同じ場所にない
  • 防水50mと200m、返品不可。安さの内訳は必ず中身のどこかに出ている

そして一番言いたいのはここだ。「安いから買っておくか」は、判断していない。

1万円は失っても痛くない金額だからこそ、理由なしで通ってしまう。痛くない出費が10個たまると、痛い金額になっている。買わない判断が効くのは、高いものより、むしろこっちの側だ。

次(→03)は、同じ流れで3万円かけてG-SHOCKを高級時計風に改造しようとして、発注直前でやめた話を書く。あっちは「買わない」ではなく「作らない」判断で、理由がまた違った。

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